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2013年06月

2013/06/02

上海BSデジタル

電話は宮里上海支店長からだったが、安藤課長とは連絡がついたが、やはり社に行かないと吉田沙希の連絡先は分からない、ということだった。月曜日に名古屋支店に出社して安藤課長が吉田沙希と直接話してからということになるのだろう。

春利は上海の部屋で日本のBSデジタル9局がテレビで観られるよう手配してもらったので、各局のニュースを日本同様に観ることが出来た。

どの局も地震関連のニュースが中心だった。宮城県の石巻の行方不明者が多いと言っていたが、現地と連絡がつかないためはっきりしたことは分からないようだった。東北地方の海側は地震と津波の被害が相当出ていることは報道から想像できたが、地震の時、来未が福島県内にいたのか、いたとしてもどの辺りにいたのかもまったく分からなかった。

「神は霊である」
春利が何かに突き動かされて目覚めた時、頭に残っていた言葉が繰り返された。

どうしてそのような言葉がやってきたのか、分からなかった。
海水がものすごい勢いで春利の頭上に押し寄せてきた。春利は海中で来未の名を叫んでいた。
ずっと向こうの海中を泳いでいるのは来未だったのだろうか。
しかし、次の瞬間春利は大量の海水を飲んで意識が遠のいていった。

意識が無くなった次の瞬間、その言葉がやってきて、目覚めたのだった。

夢だったのだろうか? 
次第に意識がもどり、アナログ置時計の針がスモールランプの明りで確認できた。
午前2時を回ったところだった。


To Be Continued

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2013/06/04

上海BSデジタル

月曜日の昼に社に戻ると、待っていたという顔の支店長の宮里徹が春利を別室に行くように合図した。春利は、朝一で接着剤の製品案内を近場の中国の会社に張 虹(チャン ホン)を同行して行ってきたばかりだった。


「沢君、ご苦労様。先ほど名古屋の安藤課長と連絡が取れてね。出社した吉田沙希君と話したところ、電話もメールも石橋君とは連絡が取れないままだということだ。なんなら、今ここからかけたっていいよ」

「いえ、それが分かっているのなら、吉田さんを呼び出して話すのは・・」

春利から目を反らせた宮里支店長は、テレビのリモコンを手にした。

BSデジタルのNHK画面に日本人アナウンサーがアップで映し出された。春利の見覚えのある顔が日本語をしゃべっている。

福島第1原発の水素爆発のことにふれているが、チェルノブイリの場合とは違っているので心配はないと言っている。
震央は三陸沖で、マグニチュード9.0と想像以上の巨大地震だった。その後にやってきた津波は岩手県、宮城県、福島県、青森県太平洋沿岸、茨城県、千葉県九十九里・外房と広範囲にわたっていて、死者行方不明者は1万人を超えている・・

死者や行方不明者の名は報道されないが、ニュースは安否情報の問合せにふれている。

「沢君、災害用伝言ダイヤルって知ってる?」

「いえ。でも、日本国内から171して、被災地の方の電話番号を市外局番からダイヤルして下さいって言ってますよね。携帯やメールは分かるけど、来未の実家の電話番号は、沙希さんだって聞いてないでしょう・・」


「そうだな、しかし念のために、後で安藤課長にそのことも訊いてみるよ。石橋君の身内の誰かと連絡がつくと良いがね」

「すみません」


To Be Continued

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2013/06/23

上海BSデジタル

太平洋三陸沖を震源として発生した3.11の巨大地震の発生から3週間になろうとしていた。

福島県に帰省したという来未からは連絡がないままだったばかりでなく、福島原子力発電所の爆発により、半径30km圏内にある久ノ浜地区は、政府によって屋内退避区域に指定された。

また、春利のいた名古屋支店の後輩・佐野からは、来未が帰省したと思われる地区のいわき市が自主避難勧告を宣言し、市の誘導で地区内住民の大半がほかの地区へ避難している、というメールが入った。日本政府より先に、福島原発の事故により、アメリカ東海岸の一専門家が、微量だがストロンチウムが観測されたことから、福島原発は、国内で報道されているより事態は深刻かもしれないとも。

仕事の合間に春利が見聞きする情報は、どれも漠然とした悲観色を漂わせたが、来未の身辺にかかわる具体性に欠けていた。

来未は、地震により何かの建物の下敷きになったのか、丸ごと津波に持って行かれたのか、それとも通信手段が途絶えて連絡がつかないだけなのか。・・どこかの病院に運ばれているのだろうか。

仮に休暇を取って帰国しても、来未の居場所が分からないことには。それに、福島県へ行ったとしても、転居したという久ノ浜にある家に行くことが出来るのだろうか。家は、現存しているのだろうか。

来未ばかりでなく、両親や家族、親族がどうなっているのか。歯がゆい気持ちばかりが募っていった。


To Be Continued

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2013/06/29

ノラ猫と桜

桑田はラジオから流れるニュースに自ずと耳を傾けていた。

3.11の巨大地震関連の報道は、時がたつにつれて地震津波による直接被害より福島第一原発事故により放出されたセシウムやヨウ素131などの放射性物質の報道が多くなった。1から3号機から放出された放射性物質の量がチェルノブイリ原発事故と比べて多いとか少ないとか、どの被曝地域の人々は屋内退避とか別の地域へ避難すべきとかだった。

家を出た桑田は、小田急線町田で横浜線に乗り換え新横浜で降りた。午後の3時を過ぎていた。4月に入り、空は晴れていたが春風が吹いていた。この辺りでも空気中には放射性物質が舞っているのだろうか、とグラウンドの周辺をピンク色に染めている桜並木に目をやった。

橋の手前まで行った桑田は、橋を渡ろうか川沿いの道を桜並木に沿って歩こうかためらった。川の向こうには横浜労災病院や総合保健医療センター、リハビリテーションセンターなどの関連施設、その向こうにニッサンスタジアムの円形型建造物が変わらずそびえていた。

川沿いの道の先で自転車を止め、ベンチの傍らにしゃがみ込んでいる年配女性の姿が目に入った。桑田の足はそちらへ向かった。生活保護を受けている男が言っていたいつも餌を上げに来ているおばさんかもしれない。

自転車にリードをくくりつけ、犬を走らせている中年男性が通り過ぎた。

「毎日来ているんですか?」桑田は缶から皿に空けられた魚をゆっくりと食べている猫の方を見ながら言った。

「ええ、家でも猫を飼っているんだけど、おなじ猫として生まれてかわいそうだと思って」

おなじ猫として生まれて、という言葉が桑田の中で繰り返された。

「このこはエイズに感染しているらしいんだけど」

「エイズに・・」
桑田は、猫は喧嘩や交尾でエイズウィルスを持っている猫から感染するとネットで読んだことがあった。キャリアであってもエイズ発症しなければそれなりにやっていかれるし、人と猫との間では感染しないことも。と同時に、アメリカは州により同性婚を認めているとサト子がスカイプで言ったことを思い出した。もちろん、ほかの国でも認めている国があることを桑田は知っていたが、サト子の場合、自らのまわりにそういうカップルをごく自然に目にしているから、桑田の認識とはだいぶ違っていた。

ウォーキンググループと思われる年配男女が、桜の木の下で猫を見ながら話している二人にちらっと眼をやって通り過ぎていった。


To Be Continued

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