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2013年11月

2013/11/05

深い森

「ぼくたち、結婚できるだろうか?」

「そんなこと、私に訊くの?」

「いや、ぼくはフリーターみたいなもんだし、身分も不安定だし・・」

「でも、さとし、ほんとうの気持ちはどうなの?」

「ほんとうの気持ちって・・あやと結婚したいかっていうこと?」

「それもだけど、わたしのこと、どう思っているの?」

「どうって、好きだよ」

「どのくらい?」

「どのくらいって、いっぱいだよ」

「死ぬくらい?」

「うん、死ぬくらい」

「じゃあ、結婚できるわよ」

「結婚できる・・」

「さっき、神さまに何てお願いしたの?」

「ぼくとあやが、一緒になってやっていかれるように、正社員になれて、給料も増えますようにって」

「わたしは、さとしとわたしが、心変わりすることなく、仲よくやっていかけますようにってお願いしたわ」

若い男女は、互いの目をじっと見ていたが、二人の目から涙があふれていた。

その様子を見ていた来未と春海は、顔を見合わせた。

来未は、桜のことが浮かんできたが、どうしてかは分からなかった。


To Be Continued

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2013/11/09

深い森

来未と春海は、さきほど若い男女が手を合わせていたところへ行って手を合わせた。

やがて、二人は互いに片方の手を伸べ、固く結ぶと、どちらからともなく何かに引かれるように移動して行った。

自らの意思によるというより、見えない力に導かれていくようだった。

二人は、前方に海が広がるところへ来ていた。

そこには、朱い鳥居と祠だけがあった。

あたりには建物のコンクリートの基礎部分だけが並んでいた。破損した基礎部分もあれば、そうでないものもあった。それ以外の所では土が肌を露わにしていた。

遠くの方には、倒れた電柱が横たわっていて、骨組みだけを残して焼けた状態の家もあった。

「はるみ、ここは」

「くみ」

春海の手から何かが来未の手に伝わってきた。

「わたしたち」来未の口を突いて出た言葉はそれだけだった。

「くみ」春海の手からふたたび何かが伝わってきた。

二人は同時に海に目をやった。

海は紺青の豊かな水を湛(たた)えていた。


To Be Continued

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2013/11/19

上海中山公園

木曜の夜に上海に戻った春利は、その夜はシャワーを浴び、9時過ぎにベッドに入った。蒸し暑かったので、一時間余り除湿をかけておいたが、眠りに落ちる前にエアコンを切った。翌日から仕事だったが、一日働けば二日休みがあると思うと救われた。

ぐっすり眠れて寝覚めも良かった。出勤時間まで充分時間があった。日本で買ってきたチーズハムのパンがコーヒーとマッチして美味しかった。

いつものように公寓から駅まで歩き、中山公園で地下鉄2号線に乗った。空いていたプラスチック製の椅子に腰掛けた。クーラーは効いていた。両隣の席とも中国人男性で春利とそんなに年が違わないようだった。

「あいでみ」来未の声が頭のどこかから聞こえてきた。
思い詰めてもどうにもならない。自らに言い聞かせた。

東京駅で会った来未の姉・石橋梨花の顔が浮かんできた。
前日の朝、中野の叔母の家を後にして東京で新幹線に乗り換えた。車中で叔母が持たせてくれた弁当を食べた。
上海に転勤してまだ半年たっていなかった。名古屋駅から会社まで歩く道のりが長く感じられた。

先に安藤課長に手土産を渡した。「ご苦労様」と言ってくれた。仕事中だったが、来未のことでいろいろ気遣い連絡してくれた吉田沙希にも上海のチョコレートを手渡し礼を言った。沙希は、申し訳なさそうに受け取り、深く頭を下げた。同じ課の後輩・佐野は営業で出払っていたので、沙希に預けた。

電車は間違いなく春利が勤務する会社の下車駅・世紀大道に向かって走っていた。


To Be Continued

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2013/11/21

上海中山公園

土曜日の朝、まだ薄暗い時間に春利は公寓(アパート)の15階の部屋を出た。会社は休みだが、部屋で一人で寝ていられない気持ちに襲われた。

いつも通勤に利用している中山公園駅の近くに東京ドーム4個分が楽に収まってしまうほど大きな公園があった。孫文を記念して作られた公園ということだったが、以前はイギリス人の私宅庭園だったと聞けば、そのような庭園の風格も感じられたが、中国や日本の庭園をもミックスしたような趣があった。

入口に建てられている大石に「中山公园」と赤字で縦書きされた文字をちらりと見たが、春利は何か思いつめるような表情で歩いていた。

遠くのプラタナスの樹の側で早朝から太極拳をしている高齢者がいた。大きな池の向こうには、道教の寺院を思わせる屋根の建物が見えたが、まだボートも浮かんでいなかった。
もう一時間もすれば、すっかり明るくなり、広い公園のあちこちでストレッチをする人、社交ダンスをする人、凧揚げをする人など、思いおもいの趣味を楽しむ人がやってくるだろう。

100年は優に経っていると思われる樹木の緑も豊かで、どこまでも続く芝生。花壇の花たちが季節の彩りを添えている。春利はいくどか園内を散歩したことはあったが、そのように広い公園は日本では見たことがなかった。

春利は、池に掛けられた「情人橋」と書かれた石橋を渡り、奥の広場へ歩いて行った。遠くでウォーキングする人の足音がする。

ふと気づいた時、前方は葉桜の林だった。

春利は、葉桜の林へ入っていった。

と、春利の目に一瞬鳥居のようなものが浮かんだ。

見上げると、二人の女性が手をつないで浮かんで見えた。

やがて、結んだ二人の手が離れ、一方の女性が春利の方へ静かに降りてきた。


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2013/11/26

上海中山公園

白い光に包まれていたが、その女性はレギンスに上はグリーン系の長袖カラーシャツ姿だった。

「来未・・」春利の口を突いて出そうになった。
ここは、上海、来未が、来未は日本の・・

春利はもう一度見上げた。
まだそこにいた。

「来未、どうしたんだ?」今度は声になっていた。

一瞬その女性がうなずいたように春利には思われた。

「来未なのか・・」

返事は聞こえなかったが、スーッとその女性の体が上の方へ昇っていった。

いったん止まった時、その女性のそばに、先ほど見えたもう一人の女性がいた。

二人は手をつなぎ、そのままさらに上空へ昇って行き、やがて見えなくなった。

すぐそばで複数の足音がした。振り返ると、大学生くらいの男女が葉桜の木の間を寄り添って歩いていた。

今のは、幻だったのか。春利は、葉桜の林を見まわし、上空へと視線を移した。

陽の光が霞んだ空の上から射しているのが分かった。


To Be Continued

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2013/11/30

上海中山公園

携帯のコール音で目覚めた春利は、上海中山公園のベンチで長いこと眠り込んでいたことに気づいた。

後輩の佐野からのメールだった。

先輩から預かったと、お土産、吉田沙希さんから受け取りました。・・

名古屋の佐野剛は、酒も弱くはなかったが、甘いものも好きだった。それで、沙希とは別のアルコール入りのチョコレートを土産に持っていった。午前中でも昼近くにならないと飲食店は開いていないだろうと、佐野に時間をかけてメールした。

11時を回った時、そろそろ開く店をさがしに行こうと立ち上がった。上海に来て、土曜の朝は9時過ぎまで寝ていることはあったが、簡単ではあっても朝食を抜くことはなかった。中山公園から公寓(アパート)まではすぐだったが、帰って食事を作る気にはならなかった。

広い公園内からはダンスの音楽が聞こえた。凧揚げをする人、ウォーキングの人、観光客と思われる団体などでにぎわっていた。

春利は、どこまでもつづく道をゆっくり歩き、公園を後にして、長寧區匯川路を歩いていた。

と、「福島ラーメン」という日本語の文字が目に留まった。運よく開店していた。上海に来て、冊子でその店の案内を読んだことがあった。団体での予約も多いが、土曜のその時間だとカウンターが空いていれば一人でも大丈夫だろうと思った。

一見して日本人と分かる客が5、6人目についた。カウンターが空いていた。店員も、いらっしゃい、という感じで迎えてくれた。雰囲気も良く日本の店に来たように感じた。

カウンターに座り、福島ラーメンの味噌味を指さして注文した。


To Be Continued

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