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2014年08月

2014/08/02

UFO目撃

福島のいわき市久ノ浜から戻ったミナは、翌日から授業に出ていたが、数日して一人の女子生徒からメールが入った。理工学部の1年でミナの英語を取っている生徒だったが、ミナが書いているブログを読んでのことだという。 

「早乙女先生はUFOとかエイリアンとコンタクト取っているんですか? 私は小学校3年の夏休みに母の実家の熊本へ行き、金峰山の上空にUFOと思われるものがものすごい速さで飛んでいくのを見ました。金峰山という山は、日本にはいくつもあるようだけど、熊本のは標高665mで、頂上に金峰山神社があります」

ミナは、何かあった時にブログを書く程度だったが、ふり返ってみると一週間に一度程度更新していた。渋江カナが読んだのは、「夢か現実か」という小見出しで、体外離脱してUFOと乗っていたエイリアンを見たこと、それにテレポーテーションして出雲大社へ行った時のことを書いたものに違いないと思った。

ネットで調べてみると確かに金峰山はいくつもあったが、熊本のそれは、漱石の「草枕」に登場する峠の茶屋などがあるところだという文にふれ、そう言えば以前読んだ中にそんなところが出てきたかもしれないと思った。そして、頂上の金峰山神社の写真を見て、なぜか懐かしい気持ちになった。と同時に、出雲大社に諏訪大社、突然出現する鳥居。ミナの住まいに比較的近い上賀茂神社での出来事。あの空間で来未や春海に会ったこと。そして、沢春利との出会いが思い返される。

神社とかピラミットとか山とか、神とか天上につながる場所は、太古ではUFOの発着場所だったということを言っていた人がいたことを思い出した。その人の言っていることは、どこか地球人離れしているが、妙にミナの胸にストンと落ちてくる。

あの人は、金星から来たと言っていた。この地球には、太古のむかしから異星人が来ていた。信じられないようなことだけど、それが本当なのかもしれない。想像もつかないほどの広大な宇宙なんだもの、人間以外の知的生命体がいっぱいいてもおかしくはない。

ミナは、メールの返信ボタンを押した。

To Be Continued

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2014/08/05

桜の木の下

春利は桑田荘太のところに4日間いた。25年ぶりにわが子と会った桑田は味わったことのない安心感を覚えた。桑田は妻・さなえと別れたくはなかったが、さなえの方の拒絶の度合いが強く、春利とさなえのいる団地の住まいから出て行かざるを得なかった。

「父さんは母さんを愛していたの?」という春利の問いに、「うん」と応えた。

「人間てむずかしいな。両方が相手を受け入れられなければ、同じ屋根の下には暮らせないからね」
今度は春利が首を縦に振った。

桑田は、さなえや春利を嫌って家を出て行ったのではないことが春利に伝わったことがうれしかった。家族を養っていかれるだけの収入を得られる仕事が見つからなかった。神学部の4年終了後、もう2年学んで実習を終え、牧師になることが桑田にとっては良かったのかもしれないが、裸一貫で伝道の道に進み、牧会とメッセンジャーで生涯を終える道に突き進むことが出来ない気がした。一般人として普通に生きたい、伝道するには心が不安定すぎると学年が上がる度にそういう思いが募った。やはり、幼少期からの大切な時期を、実母なしで義母とのゆがんだ抑圧の日々を経たことが原因していると思った。

春利にすべて分かってもらうことは無理だが、家族を嫌ったり浮気をしたのではないことは伝わっただろう。そこまで行くと、桑田はふいに桜の木の下にいたレギンスの女の子のことを思いだした。春利がいる間は思い出さなかった。あれは幻視なんかではなかった。もしかすると、と桑田は思った。春利が付き合っていたという会社の女の子ではないだろうか。名前は聞かなかったが、福島で地震の津波に呑み込まれたという。

機会があったら、それとなく春利に訊いてみたいと思う。そういうことだってあるかもしれない。

To Be Continued

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2014/08/10

上海へ

春利は帰りの航空券を取っていなかった。今までそうしたことはしたことがなかったが、ネットで24時間オンライン予約がある。平日の15時までなら出発日前日で予約が取れるかチェックできる。このシーズンだと一人だけなら、航空会社や飛行場を選ばなければ何とかなる。それに、自らの運試しのつもりもあった。

木曜の夜、スマホからではなく父と話しながら、父のパソコンでチェックした。翌日、成田からの便の予約が取れた。航空券の受け取りは空港でOKだ。

金曜の朝、父のつくってくれた朝食を一緒にすませ、春利は父と一緒に団地の部屋を出た。場合によっては叔母の家によっても良いと思ったが、今回はこれで良いと思った。名古屋の会社に立ち寄るつもりはなかったが、一緒に久ノ浜の海辺を歩き、来未や多くの亡くなったり行方不明になったままの御霊に手を合わせたミナ。そのミナのいる京都に立ち寄っても良いと思ったが、またの機会にすることにした。

翌日が土曜のせいだろうか、成田発の上海行きはほぼ満席だった。春利は席に座るとほっとした。自分は一人ではないという思いに満たされていた。

電車が来たホームで父に手を振った時、涙があふれそうになった。父も目に手を持っていった。自らの内に父と同じものが流れているのを感じた。父は、この社会で稼いで生きて行くのには不器用かもしれないが、心の底では母を裏切ってはいなかった。母にしてみれば、稼ぎもないのに口先だけは人並みかそれ以上だったことが、腹立たしく許せなかったのかもしれない。

隣りの席の女性が席を立った時までは記憶していたが、次の瞬間には春利の意識が遠のいていった。傍から見れば安堵の表情だった。

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2014/08/13

過ぎ去った25年

上海浦東空港から公寓に戻った春利は、先ず父にメールした。

父の家に4日間いて、それまで疑問をいだいていたことを思い切ってぶつけてみた。父が母・さなえを愛していたことが直に感じられたことがうれしかった。すぎ去った過去をあれこれとがめても仕方がないと思った。母・さなえは先に旅立ってしまったが、父の場合に比べれば、春利が大学を出て就職が決まってからのことだったことを感謝すべきなのかもしれない。実の母親が早く亡くなり義母との不和で苦しんだことは、経験したものでないと分からないだろう。

窓の外が薄暗くなった。夕食は、和食をやっている店に食べに出ようと思う。明日、あさってと後2日休みがあると思うと気持ちにゆとりが持てた。ミナはもう帰宅しただろうか。やはり、出かける前に送っておこう。上海に戻ったこと。忙しい中久ノ浜まで行ってくれたことへのお礼を記して送信した。

エレベータ乗り場に中国人の女性がいた。見かけたことがない人だったが、春利と同年代位だろうか。エレベーターが下り始めた。女性はドアの方を向いたままだった。その時ふいに春利の中で遠くに押しやっていた思いがわき上がって来た。
「ちょっと横浜で用事をたして、それから成田へ」と別れ際に父に言ったが、父も誘うべきだったと後悔した。

成田空港へ向かう前に、春利は途中下車して花を買い、一人タクシーを飛ばして市営墓地へ行った。
花を供え、「母さん、父さんに会って来たよ。父さんは母さんを愛していたんだ」と言って墓前で手を合わせた。父さんは訊いてこなかったから言わなかったけれど、父さんは母さんの眠っている所を知らないに違いない。出来れば花を手向けたいと思っているのではないだろうか。

エレベータを降りた時、25年の歳月がそうさせたのだ、と春利は呟いた。両親がどういう状態で別れたかはまったく知らなかった。母には訊けない雰囲気があった。悪い状態を想像していた。しかし、父に会い、思っていたのとは違うということが分かった。だから、一緒に墓参りをした方が良かったのではないか。父さんも、その方が良かったのではないか。

しかし、まだチャンスはある。そうさ。春利は、ミナが来たときに一緒に行った和食店に行ってみようと思った。

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2014/08/14

生きるため

当日中にミナから返信が来るかと思ったが来なかった。春利の休み中にはと期待したが何も言って来なかった。ミナも大学の講義関連だけでもいろいろと忙しいに違いない、と春利は自らに言い聞かせた。

月曜日。春利は中山公園まで歩き、いつも通り地下鉄に乗って出勤した。ただ、内心何も起こらないことを願っていた。

中国の活動家が尖閣諸島に上陸し海上保安庁により検挙された。活動家等の逮捕と強制送還後、中国では反日デモが繰り広げられた。日本政府が尖閣諸島を民間から買い上げ国有化することを閣議決定した。

反日デモは中国各地で起こり、次第にエスカレートして、日系企業の工場や日系自動車会社の販売店などは破壊された後に放火された。

日系スーパーとかコンビニは大規模な破壊と略奪行為に遭った。中国人が経営する日本料理店や路上を走行中、あるいは駐車中の中国人所有の日本車も破壊された。日本料理店や日本車の所有者は被害を避けるため閉店した。

それらのニュースを観て、他人事ではないと春利も上海支店長と話した。幸い春利の上海支点での営業成績はここ数カ月も変わらなかったが、この先どうなるのだろうという不安はあった。たまたま接着剤関連という目だたない職種のため攻撃の的にならなかっただけだと春利は思う。ただ、生きて行くためには働かなければならない、と春利は自らに言い聞かせていた。

その日、営業先の中国人担当者とも同じように話が出来た。ビルを出たところで春利はふーっと息を吐き出した。路上に不穏の空気は流れていなかった。

公寓に戻り、ノートパソコンを立ち上げた。RE: とあるのは、早乙女ミナからのメールだった。

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2014/08/18

生きること

メールありがとう。久ノ浜から戻って、授業の準備もですが、ネット上で読んだアメリカの記事で調べることがあって、沢さんへのお返事が遅れてしまいました。そのこととは直接関係ないかもしれないけれど、いえ、あるかな。それは、アメリカのある学者が、人には本来リモートビューイングの能力が備わっている、というのね。過去や未来、遠隔地の世界が見える。そうした能力が人には備わっていると。

それで、目をつむり、心を落ち着けて沢さんのことに注視してみたんです。すると、お父様に会っている光景が浮かんできたんです。

沢さんが就職してまもなく、心臓病で亡くなったというお母様のことは聞きましたが、お父様についてはふれるのを避けていたのではないでしょうか。それで、もしかしたら、私にも、リモートビューイングの能力があるかもしれないと、心を落ち着かせ、トライしてみたのです。

外れていれば、馬鹿なことだと忘れてもらえばいい類のお話ですが、私のリモートビューイングの能力はいかがなものかと。これまで少しだけ私の不思議体験について話してきましたが、体外離脱が出来たり、Spacecraft やエイリアンに出会ったり、突然目の前に鳥居が見えたり、テレポーテーションしたり、というようなことがあったので、私の中にもそうしたものがあるのかもしれないと思ったのです。

沢さんにも、そうした面があるのでは、と、これまでのことから感じる部分があったので思い切って書いてみました。

それで、このメールの返信で、実際はどうなのか、とりあえずお返事いただきたいのです。

取り急ぎ、   早乙女ミナ

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2014/08/21

生きること

メールを読み、ミナにはほんとうに遠くを見る能力があると春利は思った。僕と父が話している時に、早乙女さんは、リモートビューイングをしていたんだ。

それでは、僕にこれまで現れたものはなんだったのか。リモートビューイングというより、向こうからの働きかけではないだろうか。パソコンの画面に聖母マリアが現れたり、地震で行方不明になった来未や来未の友達が見えたり、何者かの声がこの公寓の上から聞こえてきたり。

それって、みな、向こう側からの働きかけによるもので、僕のような状況になれば、僕以外の人でも同じように見えたり伝わってきたりしたのではないだろうか。

しかし、パソコンの画面に聖母マリアが現れ、2か月後にあの巨大地震が起こり、津波が来未や両親や建物すべてを飲み込んでいってしまった。あのときパソコンの画面に現れた聖母マリアは、なぜ涙を流したのだろう。今となっては、やはり僕を選んで現れたように思われる。この国のほかでも、そのような体験をした人がいるだろうか。

春利は、ミナの言う通りだと自らの身の上とそれまでに経験した不思議な出来事を記して送った。

送り終えてしばらくして、今度は父・荘太が言ったことを思い出した。

それは、父が神学部の学生だったときに、古本店で「イエス・キリストは宇宙人だった!」という本を見かけたということだった。春利は、学生のときにイエス・キリストについての本を読んだことがあったが、宇宙人だったということは聞いたことがなかった。

ネット上で、地球に来ているというある種のエイリアンがイエス・キリストをつくった、という文を読んだことはあったが、それが事実なのか、作り話なのか、何を意味するのかも分からなかった。

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2014/08/26

世界の秘密

春利からの返信を読み、ミナは自らにリモートビューイングの能力が少し備わっているかもしれないと思った。しかし、春利が自らのことにメールでふれていたと同じように、公園でとつぜん目の前に鳥居が現れたり、津波で行方不明になったままの来未や春海に出会ったりしたことは、私の意思というよりそのように導かれたのではないだろうか。手引きをしたのは人以外の別な知的生命体・・。

それにしても、いきなりあの出雲大社へ瞬間移動したのはどうしてだろうか。目に見えない時空の穴のようなものがあるのに違いない。不思議な空間がこの三次元空間に重なっているに違いない。別の次元は私たちのすぐ側にあってとてもうまく隠されている、と理論物理学者のリサ・ランドール博士が言っていたことを思い出す。

彼らは異空間を行き来できるが、人はそうしようと思ってもこの身体のままでは無理ではないだろうか。彼らの中にはそれが出来る種と出来ない種がいると言っている人がいるが、ミナには何がほんとうなのか分からない。アメリカのテレビで金星から物理的な乗り物で地球にやって来たと言っているブロンドの女性は、一方でスピリチャルなことも言う。金星からこの地球にやって来ている人には、スペースシップでやって来ている人と霊的に生まれ変わって来ている人の2種類がいると言っていた。

別の50代と思われる男性コンタクティーは、そのままの身体で次元移動が出来ないエイリアンは、マシンに乗って移動するとも言っていた。

ただ、宇宙から地球に来ている知的生命体は数が多いので、ある種のことについてをすべてに当てはめることは早計だと思う。この地球の別の空間にいると聞く地底人も、上空をスペースクラフトで飛んでいるとフリーエネルギー研究者が言っていた。

それにしても、私は彼らについてほんのわずかしか分かっていない。調べていて分かって来たのは、どれくらい前からか分からないけれど、彼らはずっと昔からこの地球に来ていてその足跡が残っている。そして、それらのことは現時点では学校教育では教えないし、各国の政府も公言しないようにしている。

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2014/08/28

世界の秘密

仕事から公寓に帰った春利は、ミナが観たという動画サイトを観ようとノートパソコンの電源を入れた。

日本で多く利用されているサイトは、通常規制がかかっていて中国では観られないものが多かったが、父捜しにあたりフェイスブックを使うことから専用のネットワークに申し込んだ。

動画サイトに行き、ミナが送って来たURLへ行った。ネット料金として月額にして千円ほど別途に支払っていたが、それを利用する時は速度も遅くなった。また、常時接続はしないことになっていたこともあり、長時間は使用しないようにした。

かつてのシュメールやメキシコから出土したフィギュアと日本の長野県・井戸尻遺跡や山梨県の小淵沢周辺の遺跡、そして八戸、函館などで出土した土器・土偶が酷似したエイリアンだと動画製作者は言っている。それらを見た春利も、確かに縄文時代人の想像による創作ではなく宇宙服とかバイオスーツを着たエイリアンに違いないと思う。特に逆三角形の頭をした仮面の女王と名付けられた土偶は、どんな異星人だったのだろうと。

さらに、南米チリ・アタカマ地上絵とアフリカ・ナジェールの洞窟壁画にある人のような絵は、地球に飛来した異星人を人が描いたと思う方が自然かもしれない。

春利が習った学校の教科書にはもちろん異星人とかエイリアンとかという表現はなかった。しかし、縄文時代、父の郷里に近いあたりにも、異星人が彼らの乗り物で飛来し、そこに住んでいた縄文人は彼らと接触していたことになる。

当時の縄文人は、その衝撃的な経験を土器や土偶という形で残したのだろう。言われてみれば、土器の中には何かを入れるというより彼らの乗り物に見えてくるものがある。

上空から不思議な乗り物でやって来た彼らは、宇宙服のような生命維持装置を身に着けていた。重力の違う星からやって来た彼らも、地上を歩くのは大変だったに違いない。

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