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2019年03月

2019/03/01

Before the dawn

ドアが開き、中学部の生徒たちが次々に現れた。

団地の部屋を利用しているだけに同時間に授業として使える部屋は2つしかなかったが、普段と違う点は、昼間であることだ。

「何か申し送りは?」授業が始まる少し前に、父の桑田荘太が到着して小声で言った。

「特にないけど、僕らが授業中だったり、何かの時用にそれを見てね」春利はテーブルの上に置かれたノートを指さした。

荘太が「申し送りノート」を手にした時、ミナと春利が立ち上がり授業に向かった。

ミナは中3生の英語で、春利が中2生の数学だった。梨花も中学部の数学を担当していたが、その日は授業が組まれていなかったので、父の荘太がヘルプに入った。授業中に誰か来たり、生徒や父兄からの連絡や問合せにも春利は気を配っていた。

戸は閉められたが、先生や生徒の声が2つの部屋から時折聞こえる。荘太はその声に安堵を覚え、テーブル上のノートパソコンのボタンを押した。画面にはエクセルやワードのフォルダやファイルがいくつも並んでいたが、荘太はその日のニュースが気になりインターネットのマークをクリックした。

しかし、設定されているヤフーの画面が開かなかった。
画面は真っ黒のままなので荘太は再起動しようと思ったが、次の瞬間黒い画面の上の方に小さな光点のようなものが現れた。

「変だな。故障かな?」

すると、光点が次第に大きくなって画面の中央で球体になり回転しているように見える。

「なんだろう?・・もしかして・・」

「ツタエタイコトガアル」

「えっ?」

それは荘太の脳内でではなく、パソコンに内蔵されているスピーカーから発せられたように思える。
画面の光る球体は回転し、W i-F i ルータが点滅している。

「だ、誰?」

「キミタチ ミンナニ ツタエタイコトガアル」

「もしかして・・」

「ソノトオリ」

To Be Continued

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2019/03/18

アマツクニ

ミナは徳島行きの飛行機に乗っていた。

春利の塾の夏期講習はあと数日あったが、ミナの授業は終わっていた。
もしかすると、上の存在から何らかのメッセージが入るかも知れないが、そのときはそのときだと覚悟を決めていた。

飛行機は、それまでは白い雲の上を飛んでいたが、いつの間にか大鳴門橋、吉野川が見えるところまで降下していた。
海上に小さく見える船が二隻確認できる。

アナウンスが流れた。
まもなく徳島阿波おどり空港に到着します・・。

海上自衛隊徳島航空基地と民間航空機が共用する徳島飛行場だったが、愛称で呼ばれた。

10時を回ったところで、予定通りの到着だった。空港からは当初バスとタクシーを乗り継いで行く予定だったが、10時台のバスは一本もなかった。

昼食にはまだ早いので、徳島阿波おどり空港店で昼食を購入してリュックに収め、タクシー乗り場へ向かった。

タクシーを待っているのは3人だった。

「やくらひめぐちのバス停辺りまで行っていただけますか?」

「神社へ行かれるんですね」

「はい。この時間、バスがないんですね」

「ええ。次は昼過ぎになるかな。東京からですか?」

「はい。徳島は初めてです」

「そうですか。私も7年ほど東京でタクシードライバーやってたんですが、家の都合でこちらへ来たんです」

「地元の方ですか?」

「生まれは東京なんだけど、親父はこちらの出です。・・最近、こちらの神社に来る方が多いんですが、東京でも知られるようになったんですかね?」

「かもしれないですね」

「卑弥呼ですか?」

To Be Continued

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2019/03/24

アマツクニ

「はい」

「卑弥呼って実在したんですかね?」

「私はそう思ってますが、決定的な証拠と言われると・・」

「研究者の方ですか?」

「いえ。調べている、くらいかな」

「そうですか。しかし、わざわざ東京から一人で来るわけですから・・。数日前にも、卑弥呼の墓のあるところへ行きたいというお客さんが来ましたが」

「はい。私もそうです」ミナは前方に見えるのは矢野神山ではないかと思いつつ応える。

「これまで、墓は近畿とか九州とかも言われて来たようですが、ヤクラヒメジンジャの古文書には、天照大神の葬儀の詳細が記されているそうですね」

「そうらしいですね」

タクシーを降りたミナは、動画で見た風景を思い出す。

今回は何かが起こるかな、と思いつつ200あるという急勾配の石段を上って行った。雨風にさらされてきた石灯籠が石段の両側に点々と並んでいる。樹木も時間の経過を感じさせるものが多い。

上がり切り、息を切らせながらしばらく行くと、正面に古めかしい拝殿が現れた。両側に一般に狛犬と呼ばれる石像が二体配置されている。

ミナは案内板の方に向かった。御祭神が大日孁女命(おおひるめのみこと)で別名が天照大神、御神格が正一位と記されている。
御祭神は八倉比売命とも言われ、卑弥呼は天照大神であるとしている。

ミナは裏手に回って行った。このあたりは数多くの円墳があり、八倉比売神社も古墳の上に建てられていて、前方後円墳の前部分に社殿が、そして後ろにあたる円墳部分は奥の院となっているという。

ミナは今度は木が横に敷かれたいくぶん狭い階段を上り、五角形の石積みの祭壇へ向かった。

To Be Continued

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2019/03/31

アマツクニ

平日のその時間、ミナのほかには誰もいなかった。

石積みの祭壇の前に立ったミナは、静かに両手を合わせ目をつむった。

卑弥呼さま、天照大御神さま・・。

しばらくそうしていたが、何も見えないし何も浮かんでこなかった。
目を開け、五角形の石積みの祭壇の周りをゆっくりとめぐった。

中国の歴史書・三国志の「魏書」第30巻烏丸鮮卑東夷伝倭人条には、倭及び倭人の記述があり、当時の倭に女王の都する邪馬壹国を中心とした国が存在する。当時、男王として70、80年をへたが、倭国全体で長期にわたる騒乱が続いた。そこで、卑弥呼という一人の女子を王にすることによりようやく混乱を鎮めた。卑弥呼は、鬼道につかえ衆を惑わした。年長で夫はいなかったが、弟が国政を補佐した。王となって以来人と会うことは少なかった。・・

ミナは、東京を発つ前に確認した文面を反芻した。

この祭壇の下に、あるいは、広範囲にわたる古墳の下のどこかに卑弥呼の石棺があるのだろうか。
一般に、御神体は鎮座している杉尾山であるとも言われるが、矢野神山(気延山)一帯には約200もの古墳が存在しているという。

ミナは、タクシーを降りた駐車場のあるところまで戻り、昼ごはんを食べた。駐車場に黒のワゴン車が入って来た。

中国の歴史書でふれている邪馬壹国の位置から、ミナは、現在の徳島に卑弥呼が治めたヤマタイコクがあったのではないかと思う。

卑弥呼はほんとうに亡くなったのか? 
卑弥呼はイナンナ説を唱えるリサチャーがいることもミナは知っている。死亡したことにして、別名で登場することだって不可能ではないだろう。当時、この国ではヒミコという名で呼ばれてはいなかったのかもしれない。後世の人々によりつくられていった。ヒミコのような存在が一人ではなかったかもしれないし、長期間存在していたが、表立った時期があったのかもしれない。今日いうところのETのような存在なら一般人が計り知れない面があってもおかしくない。

ミナには見えてくるものもあるが、まったく見えてこないものもある。

To Be Continued

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