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2014/02/25

父からのメール

春利が帰国したのは、2月中旬過ぎだった。日本だと年末から年明けの正月が会社も休みになるところが多いが、中国は違うことを春利は上海に転勤して初めて知った。中国では太陰暦で1月1日を祝う。これが中国の「春節」で、毎年日付が異なるというのだった。その年、中国本土は2月22日から28日が春節だった。

ほかの会社が休みだから、それに合わせて休まざるを得ない、と宮里上海支店長から改めて聞いたのは、12月になってからだった。

12月31日と明けて1日はたまたま土日だったので、春利は公寓のテレビで日本の紅白や歌番組を観たが、2日からは通常通り出勤した。

春節の休みに入ると通りからは爆竹の音が聞こえた。

春利は中山公園駅からホンチャオに行き、先に都内に住んでいる叔母の家に顔を出そうと羽田行きの便に乗った。

隣りに春利と同年位の男女が並んで座った。

男の方が、上海からかと中国語で春利に訊いてきた。そうだというと、二人でディズニーランドへ行くのだと笑顔を浮かべた。それは良いね、と言うと、ディズニーランドへは行ったことがあるかと今度は彼女が訊いた。

だいぶ前に、と言うと、私たちは初めての日本です、と。春利は頷いただけで言葉にはならなかった。

春利が日本人で、中国語を話せそうだと思ったのだろうか。来未とはディズニーランドへ行ったことがなかったと春利は思った。上海へ行って、もう一年たったんだ。

窓の向こうは良く晴れていた。


To Be Continued

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