eye

2014/08/13

過ぎ去った25年

上海浦東空港から公寓に戻った春利は、先ず父にメールした。

父の家に4日間いて、それまで疑問をいだいていたことを思い切ってぶつけてみた。父が母・さなえを愛していたことが直に感じられたことがうれしかった。すぎ去った過去をあれこれとがめても仕方がないと思った。母・さなえは先に旅立ってしまったが、父の場合に比べれば、春利が大学を出て就職が決まってからのことだったことを感謝すべきなのかもしれない。実の母親が早く亡くなり義母との不和で苦しんだことは、経験したものでないと分からないだろう。

窓の外が薄暗くなった。夕食は、和食をやっている店に食べに出ようと思う。明日、あさってと後2日休みがあると思うと気持ちにゆとりが持てた。ミナはもう帰宅しただろうか。やはり、出かける前に送っておこう。上海に戻ったこと。忙しい中久ノ浜まで行ってくれたことへのお礼を記して送信した。

エレベータ乗り場に中国人の女性がいた。見かけたことがない人だったが、春利と同年代位だろうか。エレベーターが下り始めた。女性はドアの方を向いたままだった。その時ふいに春利の中で遠くに押しやっていた思いがわき上がって来た。
「ちょっと横浜で用事をたして、それから成田へ」と別れ際に父に言ったが、父も誘うべきだったと後悔した。

成田空港へ向かう前に、春利は途中下車して花を買い、一人タクシーを飛ばして市営墓地へ行った。
花を供え、「母さん、父さんに会って来たよ。父さんは母さんを愛していたんだ」と言って墓前で手を合わせた。父さんは訊いてこなかったから言わなかったけれど、父さんは母さんの眠っている所を知らないに違いない。出来れば花を手向けたいと思っているのではないだろうか。

エレベータを降りた時、25年の歳月がそうさせたのだ、と春利は呟いた。両親がどういう状態で別れたかはまったく知らなかった。母には訊けない雰囲気があった。悪い状態を想像していた。しかし、父に会い、思っていたのとは違うということが分かった。だから、一緒に墓参りをした方が良かったのではないか。父さんも、その方が良かったのではないか。

しかし、まだチャンスはある。そうさ。春利は、ミナが来たときに一緒に行った和食店に行ってみようと思った。

To Be Continued

Sponsored Links

コメント

非公開コメント