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2012/09/07

おせち料理

食卓に戻った桑田は、プラスチックの器に飛びとびに残っているおせちに目をやった。

子供のころは黄色くて甘い伊達巻や卵が好きだった。ニシンは好きだったが、魚卵の数の子は塩味が強かったせいか好きではなかった。

黒豆や昆布巻も好きではなかったことを思い出した。エビはどちらかといったら好きな部類だったろうか。

子供のころは好きだった栗きんとんが器の隅に残っていた。50歳を過ぎ、糖尿病と病名が付いた頃から甘いものを控えるようになった。50代後半ではきらうようになっていた。食事に気を付け、進んでウォーキングをするようになってから血糖値も基準値に戻った。

8歳の時、長いこと植物状態で伏していた母が亡くなってから天ぷらがきらいになったことを思い出した。ショックからじわじわと胃腸の具合が悪くなり天ぷらの脂気が合わなかったのだ。田舎の葬式では必ず天ぷらが用意され、その後の食事には天ぷらが続いた。

その後の盆や正月には父親の兄弟がやってきた。父の上には3人の姉、一人は早く亡くなったが下には4人の弟がいた。9人兄弟だった。伯母たちは本家に来ると、「そうちゃん」とよく声をかけてくれたことを思い出す。

残りのおせちをもったいないと思いすべて食べた。明後日の10日は荘太の誕生日だった。一人息子の春利のことが浮かんできた。指を折ってみて、2月3日で29歳になるな、と心で呟いた。

どうしているだろう。名古屋で働いているとだけは聞いたが、今でも名古屋にいるのだろうか。
ネットで調べたら何か手がかりがつかめるかもしれない。SNSの中には本名で登録するものもあるから、ひょっとしてという期待がわいてきた。

別れた妻・さなえの結婚する前の姓と息子の名を入力した。

ピタリのものも可能性を感じるものも出てこなかった。TwitterやFacebookを加えて検索してみたが、それらしいものはなかった。次のページに行ってみると出てきたが、運勢や姓名判断だった。

もしやとは思ったが、姓を桑田に替えて検索してみた。同姓同名が現れたが、それだけで詳細リンクはなかった。
メールアドレスがあれば、ダメ元で問い合わせてみようと思った。


To Be Continued

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