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2012/09/08

初めての上海

春利の転勤先の上海支店は、上海浦東新区福山路のビルの9階だった。ビルのある辺りは化学関係の日系企業が進出しているエリアだったから、通りを歩いていると日本語が聞こえてくることがあった。

2月からの上海勤務ということだったが、パスポート取得の手続きとかアパートを引き払って引っ越す準備もあり、あっという間に時間が過ぎていった。1月下旬には、アパート探しと準備期間ということで一度上海に行くようにと課長に言われた。現地の会社の人間が用意してくれるだろうぐらいに思っていたが、「君の好みもあるだろうから」との上司の配慮だった。

アパートは、支店長がいくつか候補をあげてくれ、現地の日本語が出来る不動産会社の人が車で案内してくれた。
上海の不動産会社は玉石混交で、手数料もサービスも賃料によっても時期によっても担当によっても違うなどということをネットで読んでいた春利は、中国語のできない自分が一人でやるとなると不安で仕方ないだろうと思った。言葉も右も左も分からない相手を騙そうと思えば簡単に出来てしまう。

アパート候補を回ってくれた日本語のできる不動産屋の年配男性は、黄浦江の対岸を指さし、20世紀初期に建てられた西洋建築が並び立つ外灘のことを教えてくれた。最後の候補が、中山公園駅からすぐの所にある公寓だという。車だと浦東から外灘方向に、南浦大橋を渡っていく。

春利は、最後に行った中山公園駅から徒歩で4分位のところのアパートに決めた。高層ビルの中層にあたる2LDKだった。住宅手当や訪問客のことを考慮し、2001年築だというが、そこが妥当だと思った。世紀大道駅の近くにある会社までは、地下鉄2号線で乗り換えなしで行くことができる。途中、川幅平均400mほどある黄浦江をトンネルで越えていく。

上海支店での中国語の習得は週2回、会社の勤務時間が終わってから2時間のレッスンだった。講師は張虹(チャン ホン)という春利より2歳年上の女性だった。彼女はいくつかの大学に留学経験があり、日本語のほかに英語も堪能だと聞いた。

フロアの日本人は支店長の宮里徹だけで、春利に中国語を教えてくれる張虹のほかに3人の中国人がいた。支店長は片言の中国語は出来るが商談にはならない。それで、日中の言葉を自由に操る張虹がいつも同行する。

販売商品の内容に詳しく中国語が出来る人材。春利は自らの求められている立ち位置を実感した。
日本のホテルのフロアで盛大に壮行会をやってくれた会社の同僚の顔が思い出された。彼らに連絡を取ろうと思えば電話やメールで出来るが、上海の地に来てみてやはり距離を感じた。

中国語のレッスンを終え、世紀大道駅に着いた春利は、小銭入れから元玉を取り出した。日本とは違い先ず行き先までの料金のボタンを押してから小銭を入れる。その都度面倒だからそろそろ50元のプリペイドカードを買おうかなと思いながら入れる。

中国語が聞こえる2号線の超混雑した車内に立つと、壮行会の会場にいた来未の顔が浮かんできた。


To Be Continued

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