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2013/02/07

3月11日 上海

上海の公寓に帰宅した春利はテレビを点けた。日本のテレビニュースはほぼ毎日観ていた。
大地震があったことを知った。太平洋三陸沖が震源地らしかった。

春利はすぐ日本の来未にメールした。春利の時計は午後9時を回ったところだった。勤務後に中国語のレッスンがある日なら更に遅れたであろう。名古屋での揺れは大きくなかっただろうが、来未の郷里では影響が大きかったに違いないと思った。

上海は日本の1時間遅れだし、金曜日だから来未は仕事から戻っただろうか、それとも会社の同僚と食事して帰りの車中くらいだろうか。

5分たっても返事は来なかった。

地震のニュースが続いていた。3月11日、日本時間で14時46分に東北地方を震源地とする大きな地震だったことは分かったが、被害の状況は不明だった。
会社の手配で入手したばかりのスマートフォンはあったが、その日の昼に開いた時には何もなかった。日本で地震があった時刻には、張虹(チャンホン)と営業先へ向かう途中だった。大きな地震があってから7時間余りたっている。

春利は、リビングの固定電話の受話器を手にした。会社では仕事で日本へかけることはあったが、個人では、私物の通常携帯からメールすることが多く、電話することは少なかった。電話料金も気になったから、メールですむことならそうしたかった。


To Be Continued

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