eye

2013/07/06

ノラ猫と桜

雲の変化を眺めていると、桑田は2月の初旬にかつての神学部の仲間に会ったことが思い出された。

そのときのことは、思い出さないよう意識的に抑え込んでいたのだが、ある周期でふと浮かんで来ては桑田を悩ませた。

桑田が神学大学の神学部に入学した時は十数名だったが、学期の終わりには数名の顔が見えなくなった。牧師になるという目的で入学したものの、学費と生活費を稼ぐのにアルバイトに出かけなければならず、授業に出席できない者もいた。実際入学してみて、進路に疑問を感じて辞めた者も。

学校を出れば仕事に就き、比較的良い収入を手にすることが出来るという期待があれば、親も多少無理しても援助してくれるかもしれない。しかし、そうしたことが叶わなくても出してくれる場合は、親がクリスチャンの場合だろう。文部省認可の神学大学だから、必ずしも牧師にならなくてもいいのかもしれないが、多くの信徒の援助によって成り立ってもいる側面もあったから、受け入れ側は、それまでの学校での成績もよく卒業後は牧師になってくれる人を合格させたかったに違いない。

大学のすぐそばの寮に入った桑田は、わずかな親の仕送りと育英会の奨学金でぎりぎりの生活を送っていた。少人数での語学の授業は大変だった。予習して行かないと授業が進まないから、明け方まで頑張っている日も多かった。ドイツ語はなんとかなったが、二つある英語の授業の一つでつまづいた。講師との相性が悪かった。講師は他の私立大学の教授でクリスチャンではなかった。教授にしてみると鍛えてやろう、という意気込みだったに違いない。妥協は許さなかった。

「こんなものも訳せないで、日本のキリスト教を担っていけると思うのか。大辞典でちゃんと調べたのか? これには別の意味があるのだ。・・まったく常識知らずだ、神学生は新聞も読まないと聞くが、こんな所はないぞ・・」教授は部厚い辞書を机に叩きつけた。

以来、桑田は指名されると、「分かりません」と言った。

「なにい・・俺の質問に応えられないというのか!」教授はいきなり立ち上がると、バタンとドアを閉めて出て行ってしまった。桑田はしばらくして教授控室に謝りに行った。

その科目の学期末評価は、不可だった。高校時代英語が得意の方だった桑田にとっては、予想外のことだった。


To Be Continued

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