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2013/07/15

福島からの手紙

日本の東北地方太平洋沖で起きた巨大地震のことは、上海で働く春利の心に痛みと不安を与えたが、その後、吉田沙希からも宮里上海支店長や日本の会社関係者からも来未についての確かな消息はまったくなかった。

休暇を取って来未が行ったであろういわき市を訪れるにも、電車や道路事情が把握できなかったし、福島原発の事故による放射能の影響で近くへ行くことが出来るかどうかも分からないまま時間が過ぎていった。

震災後、一か月余りがたった。その日仕事を終えた春利は、いつもの地下鉄2号線、世紀大道駅から乗車し、アパートのある中山公園駅で下車した。

春利は、家で夕食を作ろうか食べていこうか車中で迷ったが、中山公園で下車した時、徒歩で数分のところにある和風カレー屋に寄ることにした。夜は10時までやっていたし、日本語OKの店で入りやすかった。25元とお手頃で、アスパラガス、オクラ、ベビーコーン、ニンジンなどの具が春利の気持ちを和ませてくれた。

夕食をすませた春利が借りている上海市長寧区にある公寓に着いた時、郵便受けに一通の白い封筒がエアメイルで届いていた。

「沢春利」宛で、差出人は、「石橋梨花」だった。石橋梨花、という名を眼で追い、誰だろうと首をひねった。
春利の知っている石橋は、来未だけだったが、梨花という漢字名は初めてだった。しかし、福島県郡山市という住所を確認して、来未の姉に違いない、と思った。

エレベーターのボタン15を押す春利の指先がふるえた。


To Be Continued

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