eye

2013/09/20

石和温泉にて

「久君、どうも、桑田。今、石和温泉の駅にいるけど・・」

桑田荘太は、一回り年上の姉・菊子を見舞った帰りに、篠ノ井線の坂北駅から松本へ出て中央線の石和温泉で降りた。長兄から連絡を受けてのことだったが、菊子はパーキンソン病のほか複数の病に侵され、臥したきりで自分では上体を起こすことも出来なくなっていた。

特急が松本駅を発車した時、桑田は久君に連絡してみようと思った。都合が良ければ会えるかもしれない。その日の朝早く川崎の家を出る時、バッグにポケットノートを突っ込んできたのだ。そのノートには上島久の住所と電話番号も記してあるはずだった。諏訪の郷里には数年に一度、親族の誰かの冠婚葬祭でもなければいくことがなかったから、その機会を逃せば、もう会うことはないかもしれなかった。

「大丈夫、ちょっと時間かかるかもしれねえけど、車で行くから待っとって」

年賀状のやり取りはあっても、電話で話すこともまれだった。どこかで働いていても携帯番号が生きていればつながるかもしれないと思った。携帯番号も数年前のもので駄目かもしれないと思ったが、数回コールすると運よく声が返ってきた。声ですぐ久君だと分かった。

桑田が久君というのには、親愛の情というのもあったが、彼が婿養子に入ったと年賀状で苗字が変わったのを見てからだった。「塚原」というと、別人のようだし、学生のときから上島君、桑田君の仲だった。一度、塚原君と言ってみたが、違和感があったので、久君、と呼ぶようになった。

30分ほど待たされたが、新しいとは言えない久の軽自動車が駅前に現れた。パンチパーマがかっているが白髪を染めたような感じで、だいぶ視力が落ちた疲れた顔が車から出てきた。

「突然で悪かったね、ちょうど長野の姉を見舞ってね」

桑田は、駅前にあるイオン店内の飲食店で久と向かい合って座っていた。


To Be Continued

Sponsored Links

コメント

非公開コメント